【大人の出会いノート】
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男は見た目が大事「人は見た目より中身」教育の弊害とは?

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学校教育の中で「人は見た目より中身が大事」と教えられてきました。それ自体を否定するつもりはありません。実際に社会生活を送る上ではいろんな人と接する必要があります。背が高い人、低い人、太っている人、メガネの人、障害のある人など色々な人がいます。見た目ちょっと怖いけどすごく親切な人に助けられたり、反対に親切だと思っていた人に裏切られて危険な目に合うことだってあるかもしれません。人の見た目に惑わされず中身をしっかりと見て関わると、分け隔てなく人に親切にすることは生きていく上でとても大切なことです。ですがこと恋愛となるとやっぱり見た目は大事です。人を好きになるのは第一印象、見た目の要素がかなりものをいうのが事実です。そこで今回は「人は見た目より中身が大事」とう教育が恋愛の場面で弊害となってしまうことについて考えてみたいと思います。

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見た目を磨く努力を怠ってしまう

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特に女の子は早い段階でおしゃれに目覚めます。男の子でも髪形を意識したり私服でおしゃれを楽しむようになれば全く問題ありません。問題なのは中学、高校と全く見た目に興味がなく、20歳を過ぎてもその思考回路が染み付いたままになっている男性諸君です。「見た目より中身が大事」という教えを真に受けてしまって、見た目を磨く努力を全くしなくなる男子が一定数いるのです。中学、高校と制服で通学することも影響しています。ますます見た目、服のおしゃれを気にすることがなくなってしまいます。

「いい子」、「いい人」になろうとしてしまう

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「見た目より中身が大事」という教えを勝手に拡大解釈して、「勉強が出来ても人間性を磨かないとダメ」「お金を稼ぐことばっかり考えないで人の役に立つ人間になりなさい」という教えも忠実に守ろうとします。この教え自体間違ってはいないのですが、「中身」「人間性」「人の役に立つ人間」というのはかなり抽象的でその基準は人それぞれです。そこで親や先生など身近な大人が基準となり、その人の基準に合った人間になろうとしてしまいます。この頃に身についた習慣は一生引きずることが多く、常に人目を気にして「いい子」「いい人」でいる癖がつくのです。その結果、何らかの基準がないと生きていくことが難しくなります。一生そのことに疑問を持たず学校の規則、会社の規則や風土に合わせることが生きる指針となり順調に歩んでいくことができれば割と幸せな人生を送ることもできます。しかしある年齢まで来て今までの人生観に疑問を持った時、人に合わせることでしか生きられなかったため、自分の中に確固たる基準を持てずに数年間悶々とした日々を送ってしまうかもしれません。

見た目で人を好きになることに罪悪感を持つ

見た目は感覚的です。異性を好きになるのも感覚的です。本能と言ってもいいかもしれません。「見た目より中身が大事」の意識が強すぎると「見た目」で人を好きになってしまった自分に対して罪悪感を感じてしまうのです。「人に対して分け隔てなく接しなさい」の教えに忠実であれば、恋心なるものに対しての理解ができないので混乱してしまうのです。初恋の感情を抑えてしまう要因になります。

好きになることに理由が必要になる

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人を無条件に好きなることを否定してしまいます。「この人は人間的に素晴らしいから尊敬する」という理屈が必要になってしまっているので恋心なんて理屈が通らないのです。その結果、恋愛感情にふたをして思春期を過ごしてしまいます。20歳を過ぎてもなかなか恋愛がうまく行きません。

セックスなんてもってのほか

見た目に惚れてというか、女性の見た目に勃起してということに対して理屈が通りません。食欲と睡眠欲は物心がつく前からあったので理解できても思春期以降出てくる性欲に対して理屈を当てはめようとするので無理が生じるのです。結果セックスに対して罪悪感を感じてしまいます。

自分の感覚を大切にする教育が必要

美術や音楽教育が大事ということではありません。もっと生きる上での根幹的な部分で自分の感覚に対して自信を持つための教育が必要がと思います。直観的な部分を信じて生きていくことが普通の世の中になってくれば既存の価値観に振り回されることなく自分らしく生きることが当たり前になってくると思います。